にんじんかたい

よく煮込むと柔らかい しかし面倒

知ってる天井 2024-08-02

お泊りと天井

友達の家に泊めてもらっている。今日締め切りのレポートが終わらなかったのでPCを持ち込んで作業していいか聞いたらやりなさい!と言われた。しかるねこみたいだった。

で、ようやくデッドラインの上を少しはみ出した状態で終わらせたので、こうして今日の楽しい方の文章を書いているというわけだ。

友達の家の布団にちょっと寝っ転がってみたのだけど白い天井があって、丸くて白くて明るいシーリングライトが取り付けられていて、ちょっと目を動かすと火災報知器がある。
実に見知った風景だ。

病院に運び込まれたとしても、格子型の模様が入った天井と規則正しく並ぶ蛍光灯の様子には学校か病院での見覚えがあって、あんまり「知らない天井」とはいえないんじゃないだろうか。

とはいえ、旅行で知らない部屋に泊まった時は祖父母の家のような天井そのものであるのに、その微妙な差異から「知らない天井、知らない家だ!どこだここ!」という感情にはなるので「感情的知らない天井」はよくある話で、「知識的知らない天井」はあまりないということなんだろうと思った。

知識として知らない天井ってどんな天井だろう。
ギンガムチェック状に柱が組まれて、その上でカラフルな湯葉が干されている天井とかだったらかなり「知らない天井」になる。

ぼんやり考えて、なんかオモコロの企画にありそうだなと思った。

youtu.be

なんなら寝ている間の選手権はもうあるので、「知らない天井選手権」、開いてほしいな。

偏見だけで語るけど、メンバーの一人くらいは天井に貼りついていそうだ。

本を読む

レポートのために本や論文をたくさん読んでいる。
素直に、すごく苦しい。

レポートのコツは読んだ文獻に疑問を抱くこと、とあったのでそれを意識して読むと、(もちろん未経験だけど)まるで息子の奥さんの家事を見ながらあら探しをしている姑にでもなった気分だ。

逆に、姑さんたちはレポートを書くのがすごく上手なのかもしれない。もしそうだったらすごく憧れる。

最近やたらよく覚えている夢を見る。内容は楽しいだけじゃないけど、現実もそうだし仕方ない。
昔は毎日ぐっすり続きで夢を見た日には大喜びだったのが、今だとSSRがSRになったくらいの頻度で見るようになった。これは嬉しい。

昔一度だけ、「これは夢だ」とわかる明晰夢があったのだけど、その世界で私は空を飛んでいた。
「せっかくの夢なんだから飛ばなくちゃ」という強迫観念に近い気分があったのを覚えている。

そして数年後、SCP-444-JPを読んで、この風景夢で見たな、という非常に不吉な夢の回収をした。今日も夢を見るのだろうか。

 

では最後に、今日のまとめ。
やったことは全力疾走なのに、心持は明日も生きるための準備体操みたいな日だった。