にんじんかたい

よく煮込むと柔らかい しかし面倒

リズムのツーペア 2024-12-21

顔ある

自宅には冷蔵庫が二つある。
元々シンクの下についているタイプの小さい冷蔵庫と、それだけじゃとても足りないと判断して購入して持ち込んだ冷蔵室と冷凍室に分かれているタイプの冷蔵庫だ。

その小さいほうの冷蔵庫に大量の霜がついてずんぐりと凍ってしまったので、退去前に片付けようと思って昨日から電源をオフにして氷を少しずつ溶かし始めていた。

そしたら今日一日でちょうど溶けて、上下2パーツに分解して冷蔵庫から取り出すことができた。水流を当てたら穴が開いたのでちょうど配線か何かの関係で溝ができていた場所を利用して顔を作った。買い物から帰ってきてもシンクの上でしぶとく生き残っていたので記念に写真も撮った。

掃除してもらえて冷蔵庫も嬉しそうです。

顔。

ポモドーロの卵ボーロっぽさ

もう数えきれないほど同じような追い込まれた作業をしているのに、本当に、毎回産業革命が訪れたまさにその瞬間の西洋の人々みたいな顔でポモドーロテクニックと対面している。

ポモドーロテクニックを使うときは往々にして忘れたい記憶になるような時期だから、その存在ごと忘れ去っているのだろうか。今日も友人と卒論を進める会をやっている途中に天啓のごとく「決まった時間の作業と休憩を繰り返すのはどうだろうか……!?」と思った。

どうだろうか……!? とか言っている場合ではなさすぎる。

あと、別の友人でポモドーロテクニックをいたく気に入っている友人がいるのだけど、いつかポモドーロテクニック忘却の弊害で彼女のことを忘れてしまったらどうしよう、と少し怖くなった。

そもそもこういう出来事にかかわらず忘れっぽいんだな、ということが増えた。
こういうことがあったよね、とかこういう話をしたよね、という話を振られてもはて……? と思うことが割とある。

いや、そういう話を振ってくれる友人が興味を惹きつけるためのYouTubeのサムネイルみたいな思い出の掘り出し方をするからというのもあるかもしれない。大体詳しい話の中身を聞くと思い出せるし。

カサネギー

ちゃんと風呂に入った。寒すぎたので

上半身:半袖Tシャツ→パジャマ→カーディガン→ふわふわパーカー
下半身:靴下→着圧の法外に長い靴下→パジャマ

というありえない量の布を身にまとってみたら、なんとあまり寒くなくなった。
重ね着は世界を救う。

カーネギーと重ね着、響きが似ているけれどもカーネギーとは何だったかと思って調べてみたら著名な文筆家という感じで、『人を動かす』とかを書いている人だった。タイトルだけは知っているからそのうちAudibleで聞いてもいいかもしれない。

なんとなくずーっとフライドチキンのイメージが頭の中にあるのだけど、あれはカーネル・サンダースだな……。

つい下を向いてしまうような

條澤広という学園アイドルマスターに登場するアイドルの少女がいる。
今日12/21は彼女の誕生日ということでオリジナル曲が新しくリリースされた。
タイトルは「メクルメ」。その一見無意味ながら「捲る」「めくるめく」「巡る」「目来る目」あたりのイメージがぱぱぱっと明滅する感じが原口沙輔さんっぽいなと思っていたら作詞作曲がフロクロさんだった。

私はすごいな~やられたな~と思いながら聞いて、相変わらず音で城を作る建築家のような音楽家だな、などと思っていたのだけど、フロクロさんと親交のあるらしいダ・ヴィンチ・恐山氏がブログで「悔しい」と書いていた。
続けて、自身が音楽家ではないこと、そもそも自分が学園アイドルマスターというゲームの製作に関わることを熱望していたわけではないということを書いていた。

あ~わかるな、と、彼らの芸術が持つ重みを知らないまま低みから思った。

ただなんとなく、こういう出所のわからない悔しさがあり、どうしたって理屈では表現できないものがあるというところに共感した。
私にとってのそういう悔しさは、自分の能力の限界の縁どりが曖昧であること、そして他人と自分は同じ人間であるという誤った同族意識を持っていることに由来する幻肢痛みたいなものだと思っている。

誰がどう表現してもぬらりと立ち現れる劣等感未満のそれが存在すること、それに対処法がないと知っていて、少しうつむいて立ち止まるしかないことなど、誰かが先に表現してくれて嬉しいな、と思った。

その他

今日は卒論の生地みたいなものを作った。なんとか世に出せればいいなと思う。

Audibleは聞いていないけど本当に3ページくらいだけ、『四畳半神話体系』(森見登美彦)を読んだ。あまりにも美味しく、中毒性がありそうな文章だ。

明日のラッキーアイテムはマフラー。かなり冷え込むらしいので、どうか全員息災で。では。